大好きな人が、自分とは違う恋愛の価値観を持っていたと知ったとき——
例えば、その人の恋愛対象が同性だったとき。
大好きな人の“好き”のかたちが、自分とは違うものだと知ったとき。
その人にとって私は、恋愛の対象にはなれなかったと知ったとき。
恋をした相手が、自分とは違う恋のかたちを選ぶ人だったと知ったとき。
どれだけ想っていても、“恋人”という枠には入れないと知ったとき。
etc…
相手との恋愛の価値観の違いを知った瞬間、胸の奥に走る戸惑いと、どうしようもない絶望感。
「この恋は叶わない」とわかってしまったときのあの感情は、
簡単な言葉では言い表せないほどのものです。
でも、それでもなお、恋する気持ちはすぐには消えてくれません。
むしろ、想えば想うほど、心はその人のことでいっぱいになってしまう。
そんな経験、きっと誰しも一度はあるのではないでしょうか。
そもそも、「恋愛」って何でしょう。
お互いに「好き」という気持ちを伝え合い、その中で愛を確かめ合うこと。
体を重ねることで愛を深め合う、という価値観もあるかもしれません。
たしかに、友達関係には「体の関係」はありません。
でも、恋愛の本質は「身体」だけではなく、
その行為はまるで“愛を確かめ合う儀式”のようなもの。
では、身体を通じなければ愛は伝わらないのでしょうか?
いいえ、そんなことはないと私は思います。
この世界には、恋愛以外にもたくさんの“愛の形”があります。
お仕事で支え合うパートナー、どんなことも話せる唯一無二の親友、
血のつながりはなくても心でつながっている“家族のような存在”。
どんな関係性にも、深く温かな愛が宿っています。
たとえその恋が報われなかったとしても、
その人に恋をしたことで、あなたは確実に“愛”を知ったのです。
そしてその“愛を知った経験”は、
あなたの人生を豊かにし、魂を優しく包んでくれるでしょう。
恋が終わったあとに残るもの。
それは“失恋の痛み”ではなく、“愛を知った証”。
それこそが、あなたの人生に深く根づく幸福の種なのかもしれません。
恋をすること。
それは、愛を学び、愛を知り、愛を感じるという、
人生で最も美しいプロセスの一つです。
たとえ“世間一般の恋愛関係”になれなかったとしても、
その恋があなたに教えてくれた愛の形を、どうか大切にしてあげてください🧡
MIHIRO


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